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後退と前進

僕には所謂「B級、チープ、負け犬、ゴミクズ、ショボい」と呼ばれる退廃的なものを好む傾向がある。この文章を捻り出している今もネオアコの大御所Aztec Cameraの2ndアルバム、「knife」に収録されている「backwards and forwards」をリピート中だ。英語は良く分からないけど「後退と前進」という意味でしょう多分。哀愁漂うアコースティックサウンドにロディ・フレイムのこれまた哀愁漂うボーカルがこの曲にこれでもかと哀愁を漂わせる。とにかく哀愁が漂うとしか言えないボキャブラリーが乏しい頭の足りない僕ですが、これだけは言える。哀愁が漂っていると。

ラストでは「永遠に…永遠に…」と感情たっぷりに歌ってフェードアウト。ここからのリピートが恐ろしい程効果的に働いている。なんとこの曲はフェードイン気味に入ってくるのだ。フェードアウト→フェードインの何とスムーズな事か!「死んだ者が墓場から蘇り、血肉に飢えたゾンビとなって人々を襲う」ようなものとはまた違った恐怖を覚える。一般的にゾンビとはのそのそとほっつき歩いて人肉を食らう元死者、映画などの人為的なものの中だけの架空の存在であって、実在したら怖いなぁなんてもの。だがこの「後退と前進」という曲は確かに存在している。実在しないものと実在するもの、どちらに恐怖するか?一概には言えないが、ほぼ後者だろう。かのエド・ウッド監督の映画「怪物の花嫁」の大巨漢トー・ジョンソン演じる博士の助手であるロボ(ロボットではない)と、目の前の包丁を持った麻薬中毒者を比べれば分かり…やすい。しっちゃかめっちゃかぐっちゃぐちゃの文章になったが、僕が言いたいのは、Aztec Camera最高。

犬ちくしょう

「犬ちくしょう 立派な皿で メシを喰う」


あほな僕は特に何もする事が無かったので、前述のような川柳を作っては詠んでいた。これを短歌にするならば、

「犬ちくしょう 立派な皿で メシを喰う メシを喰う為 メシを喰うとる」

ははは。我ながら素晴らしい。活目せよ。犬風情がご立派な陶器の皿で食事なんて腹が立つ。それに、生物代表として言わせてもらうが、我々生物は明日のメシをモグモグクチャクチャする為に、エイヤと生き永らえる為に、目の前のメシを喰っているのである。喰わずにおれば、死す。隣の家には「死」の表札がかかっているのだ。ピンポン。

「メシを喰え メシを喰うのだ メシを喰え メシを喰う為 メシ喰いたまへ」

ははは。メシはメシア。メシを喰えばどうにかなる。メシを喰う為には金を稼げ。金を稼ぐには働け。労働は体が資本だ。メシを喰え。メシを喰う為には金を稼げ。金を稼ぐには働け。労働は体が資本だ。メシを喰え。犬ちくしょう。